まだ日本がバブルの最盛期のころ、ゼネコン大手各社は海外進出に大いなる情熱を燃やしていました。
そのうち、準大手や中小の建設会社まで参画するようになって大変な賑わいだったのです。
それには理由(わけ)がありました。
当時のODA政府開発援助プロジェクトは簡単に3割稼げる時代だったからなのです。
それで、建設会社は血眼になってプロジェクトの入札に参加しました。
当時、日本はODAプロジェクトも世界に開放していませんでした。
鎖国状態だったのです。
政府の無償援助はタイドローンがほとんどだったように記憶しています。
タイドローンとは紐付きローンのことで、日本の建設会社で現地の施工をするように限定されたローンなのです。
私は英語や英会話が多少できましたので、この時期に会社から目をつけられて、すぐに海外で働くようになりました。
でも、当時、大多数の社員は海外というと顔を背けていたようです。
海外要員に抜擢されないように控えめにするような人たちもいました。
時は流れて、今、この不況の時代です。
若い人たちには、英会話を学んで海外で活躍して欲しいですね。
それで日本もこの苦しい状態から脱却できるかも知れないからです。